受賞者インタビュー
神成紘樹
「ノートの素」
2026グランプリ
コクヨデザインアワード2026でグランプリを受賞した、神成紘樹さんの「ノートの素」。糊付けし、背固めした中紙の束を、使う人が必要な量だけめくり取り、自分に合ったノートとして仕立てていくプロダクトです。
完成された1冊のノートではなく、"ノートになる少し前の姿"として差し出すことで、使う人の自由度を高め、作り手や売り手にも新しい可能性をひらく。そこには、物があふれる時代において「本当に作るべきものとは何か」を問い続けてきた、神成さんのまなざしがありました。
物があふれる時代に、何を作るべきか
コクヨデザインアワード2026でグランプリを受賞した神成紘樹さん
―― まず、コクヨデザインアワードに応募しようと思ったきっかけを教えてください。
神成:コクヨデザインアワードには、これまで何度か挑戦してきました。普段は家電メーカーで企画デザインの仕事をしていますが、最近はマネジメントにも携わるようになり、自分自身がプレイヤーとして手を動かす機会が少しずつ減っている感覚がありました。それでも、自分の考えや視点を形にして、世の中に問いかける機会は持ち続けたいと思っていたんです。
昨年(※応募時)は、仕事以外でのアウトプットも大切にしようと決めていたこともあり、今回は改めて力を入れて挑戦したいと思いました。
―― 2026年のテーマ「波紋/HAMON Design that Resonates」を、どのように解釈しましたか?
神成:「波紋」というテーマを見た時に、どんなことが広がれば世の中が良くなるのかを提案にしたいと思いました。仕事では日々、新しい形や価値を生み出すことに向き合っていますし、それはメーカーにとって大切な役割だと考えています。
一方で、成熟した市場では選択肢が増え続けていて、作り手、売り手、使い手のそれぞれに負荷や疲れが生まれているのではないかという感覚もありました。新しい完成品を増やすことよりも、物の見方そのものを問い直すことに価値があるのではないか。そう考えた時に、"半製品"というあり方が提案の軸になっていきました。
―― そこから、どのように「ノートの素」の着想につながっていったのでしょうか?
神成:普段、ラフスケッチやメモにコピー用紙をよく使います。自由に使えて、必要な分だけ取れる手軽さが心地いいんです。
一方で、ノートには連続性やアーカイブ性があり、使い続けた束にも魅力を感じていました。ただ実際には、使い切っていないのに気分を変えたくなって新しいノートに手が伸びたり、もう一度きれいに書き始めたくなったりすることもあります。
もうひとつのきっかけは、お正月に実家へ帰った時の出来事です。母が、何十年も前の自分の中学校の公民のノートから未使用ページを破って、家計簿に使っていたんです。それを見て、ノートという普遍的な道具にも、まだ最適化の余地があるのではないかと強く感じました。
コピー用紙とノートの間の感覚、そして実家で見た未使用ページの存在。そうした個人的な体験や違和感を掘り下げていく中で、「ノートの素」の着想に近づいていきました。
余白を残し、使い手に委ねるデザイン
―― 応募時のプレゼンテーションシートでは、どのようなことを大事にしましたか?
神成:一次提案の段階では、具体的な活用方法ではなく、できるだけ道具としての佇まい、扱い方をシンプルに伝えることを意識しました。ひとつの使い方を提示すると、そのイメージに引っ張られてしまうと思ったんです。見た人それぞれが、自分なりの使い方や可能性を想像できる余白を残したいと考えていました。完成形を決めきるのではなく、使う人が関わることで価値がつくられていく。そうしたあり方が伝わることを重視しました。


―― プロトタイプ制作はどのように進めていったのでしょうか?
神成:今回はかなりミニマルでプリミティブな提案だったので、使い心地まで含めて丁寧にデザインする必要があると考えました。強度を担保しながら、必要な分だけ心地よく分割できる。そのバランスを探るために、いろいろなスタディをしました。その結果たどり着いたのが、糊をミシン目状に塗布する方法でした。
ミシン目状に糊を塗布することで、心地よく分割できる強度に
―― どのように検証されたのですか?
神成:最初は知り合いの印刷会社に相談しました。製本用の糊について教えてもらい、いろいろ試してみたのですが、全面に塗ると、1枚取ろうとした時にほかの紙もついてきてしまい、うまく分割できませんでした。
そこで、ミシン目状に糊を塗れば、プチプチと切れて取れるのではないかと考えました。何種類か糊を買い、自分で専用の治具を作り、地元の金属加工会社にも相談して、マスキング用の金属プレートのようなものを作ってもらいました。
コピー用紙を束ねて、上に金属のプレートを置き、刷毛で糊を塗っていく。そうした作業を手作業で繰り返しました。気づけば、ネットで2万枚くらいコピー用紙を注文していましたね(笑)。
とくにこだわったのは、はがせることと強度のバランスです。めくっただけで取れてしまっては困るけれど、強く引っ張れば取れる。しかも、ペリペリと気持ちよく取れる。その感覚を探っていきました。
静かな"波紋"のように価値を伝えるために
―― 最終審査のプレゼンテーションでは、どのようなことを意識しましたか?
神成さんのプレゼンテーションの様子
神成:プレゼンテーション、プロトタイプ、ボード、それぞれの役割の違いを意識しました。
プレゼンテーションでは、課題や背景、従来のノートとの在り方の違いが伝わることを重視しました。とくに、従来のノートと「ノートの素」で、作られ方や使われ方のプロセスがどのように変わるのかを図やプロセス表を用いて説明しました。また、「自分で製本するノート」という提案として受け取られることは避けたかったため、具体的な使用例をあえて強く見せないようにしました。
一方で手元で見ていただくプロトタイプには、実際に切り取って製本したノートや説明書を添え、どのような考えから生まれた提案なのか、どんな可能性があるのか、具体的に伝わることを意識しました。
審査後の議論で見られるボードについては、プレゼンテーションとは対照的に、説明は最低限にして、静かだけど遠くまで届く"波紋"をイメージしながら、ミニマルでグラフィカルな表現に寄せました。
―― 審査員の方からのコメントで印象に残っているものはありますか。
神成:田村奈穂さんから「ピュアな提案」という言葉をいただいたことが印象に残っています。今回は、紙の持つ美しさや強さを前提に、紙そのものの価値を改めて見つめ直し、純粋に磨いていった提案でもありました。その部分を汲み取っていただけたのかなと思い、嬉しかったです。
神成さんからは、コクヨの「キャンパスノート」のデザインコードを取り入れたパッケージ案も提案されました
「なぜ作るのか」を問い続けるデザイナーでありたい
―― 応募から受賞までを振り返って、もっとも苦労したことは何でしょうか?
神成:言語化が一番大変でした。つまり、自分の中にある感覚や違和感を、提案として成立する形まで落とし込み、言葉にしていくことに苦労しました。機能や使い方だけではなく、その背景にある考え方まで含めて提案したかったので、プレゼン資料をまとめる中で、少しずつ自分の考えの輪郭をつかみながら、話す順番や言葉選びを見直しました。ニュアンスで伝えるのではなく、意図が正しく届くことを大事にしたかったんです。
―― 「ノートの素」は、今後どのような存在になってほしいですか?
神成:少し大きく出るようですが、10年後、50年後に当たり前のノートの一案になっていてほしいという気持ちがあります。今あるノートと併用する形で、一家に1冊「ノートの素」がある。そんな状態を夢見ています。
この提案があることで、逆に今あるノートも、より大事に使えるようになる気がしているんです。1冊という単位の重みを、改めて感じられるようになるというか。自分のように、ノートを最後まで使い切れない人もいると思います。ですがそれは、1冊を大事にしたいからこそ、簡単には使い進められないということでもある。そのためらいを少しでも軽くしていければいいなと思っています。
―― 今回の受賞を通して、神成さんが改めて大事にしたいと思うデザインとは何でしょうか?
神成:いいデザインとは何かを一言で定義するのは難しいです。ただ最近は、「なぜそれを作るのか」が明確なものに惹かれるようになりました。
どれだけ美しく整っていても、その背景にある問いが見えないと、今の時代は価値が伝わりにくい気がしています。物があふれているからこそ、見た目や機能だけではなく、その奥にある考え方が大事なのだと思います。
今回の受賞を通して、自分の中にある違和感やモヤモヤは、解決すべき課題であるだけでなく、新しい価値の入口にもなりうるのだと感じました。物を増やすことだけをデザイナーの役割にしてはいけない。本当に作るべきものを考え抜き、必要であれば「作らない」という選択肢も含めて提案できるデザイナーでありたいです。
―― 最後に、今後コクヨデザインアワードへの応募を考えている方にメッセージをお願いします。
神成:コクヨデザインアワードは、アイデアの着想だけでなく、それをどこまで磨き切れるかまで見ていただけるコンペだと思います。
悩み、考え続ける苦しさもありますが、それが少しずつ整理され、形になっていく喜びも味わえる場です。ぜひ、自分の中にある違和感や問いを信じて、考え抜いてみてほしいです。